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大阪高等裁判所 平成8年(う)859号 判決 1996年12月25日

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中四〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人渡辺敏泰作成の控訴趣意書に記載されたとおりであるから、これを引用するほか、原判決の事実誤認を主張するものである。

一  控訴趣意中、事実誤認の主張について

論旨は要するに、被告人の本件暴行は被害者が鉄パイプで殴りかかってきたためこれに対する防衛行為としてなされたものであるから、正当防衛であり、少なくとも、過剰防衛が成立するのに、これらを認めず、傷害罪の成立を認めた原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認がある、というのである。

そこで、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討すると、原判決挙示の関係各証拠によれば、<1>被告人は、原判示誠和荘二階の便所で小用中、突然背後から被害者に鉄パイプで頭部を一回殴打されたこと、<2>被告人は、被害者の更なる暴行を阻止すべく、鉄パイプを取り上げようとしたが、右誠和荘二階の通路で揉み合いとなり、その際、被告人は大声で助けを求めたりし、やがて鉄パイプを取り上げたところ、一旦被害者との間隔が四メートル位の離れたものの、すぐに被害者が両手を前方に出しながら被告人に向かってきたため、被害者の頭部を鉄パイプで一回殴打した(以下「第一の暴行」という。)こと、<3>その後、被害者は、鉄パイプを取り戻し、更に被告人を殴打しようとして襲いかかってきたが、勢い余って右通路南側の手すりの外側に上半身を前のめりの乗り出した状態となったため、被告人はその左足を持ち上げて被害者を同所から約四メートル下の道路上に転落させた(以下「第二の暴行」という。)こと、<4>被害者は、第一及び第二の各暴行により、前頭、頭頂部打撲挫創、第二及び第四腰椎圧迫骨折等の傷害を負ったが、そのうち第二及び第四腰椎圧迫骨折は転落により生じたものと推認できるものの、前頭、頭頂部打撲挫創は右いずれの暴行により生じたものであるかを特定することはできない(しかしながら、第一の暴行後、被害者は、鉄パイプを取り返し、更に被告人を攻撃しようとしていたことに照らし、第一の暴行による頭部の傷害はそれほど重篤なものではなかったと推認できる。)こと、以上の各事実が認められる。そこで、まず、第一の暴行の点について検討するに、右<1><2>の各事実をあわせ考えると、被害者の被告人に対する暴行は急迫不正の侵害と言うことができ、第一の暴行は、一旦被告人が取り上げた鉄パイプを被害者が取り戻そうとしてきたため、これを阻止するためになされたものであって、右のような状況に照らすと、被告人には防衛の意思があったと認めるのが相当である。しかしながら、被害者は素手で被告人に向かってきたものであるから、被告人がこれに対し鉄パイプで攻撃したのは防衛の程度を超えたものと解すべきである。次に、第二の暴行の点について検討するに、右<3>の事実によれば、被害者が手すりの外側に上半身を乗り出した状態になり、容易には元に戻りにくい姿勢となっていたのであって、被告人は自由にその場から逃げ出すことができる状況にあったと言うべきであるから、右時点で被害者の被告人に対する急迫不正の侵害は終了するとともに、被告人の防衛の意思も消失したと解するのが相当である。そうすると、被告人が被害者の左足を持ち上げて階下の路上に転落させた行為は、正当防衛若しくは過剰防衛の要件を満たすものではない。ところで、本件のように第一の暴行については過剰防衛としての性質を肯定できるものの、第二の暴行については正当防衛若しくは過剰防衛を認めることはできないが、右各暴行は同一機会における一連のものであり、しかも、第二の暴行による傷害の方が第一の暴行による傷害よりも重大かつ主要な部分を占める場合には、全体として一個の傷害罪が成立し、過剰防衛を認める余地はないと解するのが相当であるから、結局、被告人は、原判示のとおりの傷害罪の責任を負うべきである。以上のとおり、所論はいずれも失当であり、原判決に所論のいう事実誤認は認められない。論旨は理由がない。

二  控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、原判決の量刑不当を主張するので、所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調べの結果をもあわせて検討すると、本件は、突然背後から被害者に鉄パイプで頭部を殴打された被告人が、被害者から鉄パイプを取り上げて頭部を一回殴打し、さらに、鉄パイプを取り返した被害者が被告人を攻撃しようとして勢い余って前記通路の手すりの外側へ上半身を前のめりになった状態を認めるや、被害者の左足を持ち上げて路上に転落させ、原判示のとおり、入院加療約三か月を要する傷害を負わせたという事案であるが、右犯行態様は、被害者を二階から転落させるという極めて危険なものであり、生じた結果は重大であること、被害者に対し慰謝の措置を講じていないことなどを考慮すると、被告人の刑責は相当重い。そうすると、被害者は突然鉄パイプで被告人を殴打し、更に攻撃を加えようとしていたもので相当の落ち度が認められること、被告人は犯行直後に警察等への連絡を依頼するなど相当の対応をしていること、本件を反省していること、被告人には古い罰金前科が一件あるのみであること、被告人の健康状態が良好でないことなど、被告人のために有利に斟酌すべき事情をすべて考慮しても、被告人を懲役一年二月に処した原判決の量刑が不当に重いとは考えられない。論旨は理由がない。

よって、刑訴法三九六条、刑法二一条、刑訴法一八一条一項ただし書を適用して、主文のとおり判決する。

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